2059、
1967.6.30、69集、服部四郎;やま、もり、たけ
昨日の2003年から目次をずっとさかのぼってきて、これに当たった。なかなか地理や「の」「が」に関するものはない。この服部氏のは明日読もう。ところで、万葉集その他の「の」「が」の地形地名についてあらかたまとめたときに言ったことの大半は、すでに池上禎造先生の例の論文に出ていた。何度も読みながら、自分で結論を出すまではその意味するところが分かっていなかった。いずれ「の」「が」に戻ったとき紹介したい。
2060、
この論文は、岩波文庫「日本語の系統」1999/3/16に入っており、その本は今も所有し、また読んだ記憶があるが、なにも覚えていないので、このネットの方ので再読する。読み終わるのに10分もかからない簡単なもので、覚えていないのも無理はない。というのも、沖縄方言やアイヌ語朝鮮語、日本語(沖縄以外)の方言などをもとに、やま、もり、たけ、の意義をさぐり、それが古い日本語に通じるということを言っているだけだから。それはともかく、「やま」は生活圏内にあるもので、時には平地の林地や果樹園のようなものまでを言う。「もり」は木の生えたやや小高いところ。「たけ」は生活圏外の高い山をいう。といったことを言っている。ようするに、ちょっと詳しい辞典なら書いてあることばかり。それとも、辞典類がこの服部論文を根拠にしているのだろうか。万葉の「たけ」は生活圏外の(神聖な)高い山で解せるのだろうか。弓月が岳などは、500㍍そこそこで、生駒山葛城山多武峰(の周囲)などに比べても低い。服部説もどうも受け入れがたい。生活の言葉と万葉などの歌の言葉とはちょっと違うようでもある。