2282、耳我嶺考(継続中)

2282、
古義、本居氏が渡津村という地名の存在から、ワタヅノと4音に読めと言っている。
註疏、古義と同じ。
新考、古義と同じ
講義、宣長説とは言っていないが、古義同様宣長説の引用。
全註釈、ワタヅは渡津で、航海する船の發著地である。或る本は良い伝来ではない。
茂吉評釈編、宣長説を詳しく引用。だいたい稲岡氏の引用と同じほどの分量。
佐佐木評釈、渡津という地名の存在を指摘するだけ。
窪田評釈、渡津という地名の存在を指摘する。
ところで、宣長説は「萬葉集玉の小琴」にあるもので、「和多豆乃、石見國那賀郡に、渡津村とてて海邊に今もあり、是也、此句四言に訓べし、多豆の二字を音に書たれば、和も字音に書ることしるし、然るににぎたづとしも訓るは、伊豫の熟田津のことを思ひて、ふと誤れるものなるを、今迄其誤を辨へたる人なし」、たったのこれだけで、茂吉、稲岡氏によってほぼすべて引用されていると言っていい。なお、稲岡氏は、地名の場合、「にきタヅ(訓音音)」といった組み合わせなどあるはずがないと言っていられるようだが(「萬葉表記論」にあるそうだが、今手許にない、読んだ記憶はあるが詳しくは覚えていない)、それはその通りだと思う。だいたい全部、音仮名(訓仮名も)で表記されたら、地名の原義が消えてしまうのは当たり前だ。「マキノ」などと表記したら外国の地名かと思う。牧野なら語原が分かる。どうしても音訓混用にするのなら、訓音ではなく、音訓の組み合わせになるのも当然だろう(「マキ野」とか)。あとの方が、地名の原義を残す。前の方は、ただの音のみ。これは日本語の熟語の構成としてそうなるだろう。「白い山」は「山」が本体で、「白い」は形容だから、「白山」となる。フランス語のような「山白(モンブラン)」にはならない。だから、「にぎタヅ」では、「にぎ」に意義が出ているのに、「タヅ」が音仮名では、分けの分からない地名になる。豊かな田のある港で、「和田津」なのだというなら、初めからそう表記する。「和多豆」では、豊かで多い豆というイメージが出そうだが、そんな地名などありそうにないし、その場合なぜ「和」だけ訓字になるのか納得できない。「雲根火」なども、音訓混用だが、「火」が訓字(根もだが、この場合、「雲根+火」という構成だろう)なので、なにか「火」が命名の由来にあるのだろうと思わせる。「和多豆」の「豆」では、何のことかさっぱり分からない。
結局、音訓混用では、「耳我(訓音)」が疑問のある例となって残る。ちょっと大変だが、巻3以降の音訓混用の地名表記も見ておこう。
巻3、角太(298)、能登湍河(314)、神名備山(324、1419、1937、1938、3228)、津乎能埼(352)
巻4、稲日都麻(509)
巻6、左日鹿野(917)参考・伊奈美嬬(942)、神名火山(969、1466、2162、2657、2715、3224、3266)、四八津(999)、大和太乃濱(1067)
巻7、由槻我高(1087)、三毛侶(1093、2512)、三和(1119、1684、2222)、甘南備(1125、1435、2774、3223、3227、3230)、阿兒(1154)、吾田多良(1329)、佐穂山(1333)
巻8、伊波瀬(1419)
巻9、三名部(1669)、湯羅(1670、1671)、大我野(1677)、師付(1757)、神邊山(1761)、神南備(1773)、久漏牛(1798)
巻10、沙穂(2221)、守部(2251)
巻11、潤和川(2478)、師齒迫山(2696)、不知也川(2710)、井堤(2717、2721)、和射見野(2722)、酢峨島(2727)、渚沙(2751)、聞都賀(2752)
巻12、高湍(3018)、能登瀬乃川(3018)、因可(3020)、安倍嶋山(3152)
巻13、甘甞備(3227)、五十師乃原(3234、3235)、八十一隣(3242)、神奈備(3268)、左野(3323)
巻16、所聞多祢(3880)、神樂良(3887)
巻18、20、保里江(4056、4061、4459、4461)、保理江(4057、4360、4396)、保利江(4460、4462)、参考・保里延(4482)
巻4、5、8、10、14~20が、少ない。だいたい大伴旅人以降、そしてそれにつながる一字一音式の諸巻に少ないと言える。一字一音式になると、地名の表記なども音仮名式になるわけだし、時々出現する正字表記の地名も、よく知られたもので(春日、難波など)、音訓混用の奇妙な表記がほとんどないと言うことになる。表記が日本語らしくなったというか、目をむくようなのがない。
その点では、巻18以降、「ホリ江」が頻出する。「ホリ」の音仮名の、「リ」に変化があるが、訓字の「江」は一定している。今では「堀江」といえば、固有名詞になりきっているが、当時は、「掘った江」という普通名詞的な感じもある。そしてその「掘る」に適当な訓字がなくて、音仮名で「ホリ」とし、「江」は淀川・大和川流入する河内湖からの排水溝のような川だから「江」と表記した。集中にはほかにも「~江」という地名はある。参考に挙げた「保里延」は、「江」を音仮名の「延」にしたわけだから、一字一音式のやりかたを徹底させたものと言える。こういうのはほかにもある。「~山」の「山」を「夜麻」と書いたのは多い。ということで、音訓混用表記の地名というほどのことはない。以前も言ったように、「音訓(音音訓)」という表記では、意味を持つ訓字が最後に付くと言うことである。
他の例についても点検してみる。